河内大和「喪失から全てが始まった、愛の物語」映画『ハムネット』が明かしたシェイクスピアの根源

俳優として通算80作を超えるシェイクスピア作品に出演し、自らも「G.GARAGE///(ジーガレージシェイクスピア道カンパニー)」を主宰する河内大和。4月10日公開の映画『ハムネット』は、16世紀に実際に生きたシェイクスピアとその家族の物語を、クロエ・ジャオ監督がフィクションを交えながら描いた作品だ。「ハムレット」をはじめ数多くのシェイクスピア作品を演じてきた彼に、本作を通して見えてきたシェイクスピアというひとりの人間の姿と、演劇の持つ力について聞いた。

Index

    普遍的な人間関係や感情が描かれているから、シェイクスピアって面白い

    —— 河内さんご自身のシェイクスピアとの出会いを教えてください。

    河内大和(以下、河内) 新潟にいた1999年頃、りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)という劇場とともに誕生した俳優養成講座に受かり、そこで「夏の夜の夢」という作品に参加しました。そこでパックという役をやったのが一番最初かな。それまではシェイクスピア作品を毛嫌いしていて。セリフも何を言っているのかよく分からないし、人間関係も分からないし、とにかく長い。だから自分はやることないだろうなとどこかで思っていたのですが、実際にやってみるとすごく楽しかったんです。

    —— 楽しめるようになったきっかけは?

    河内 良質なシェイクスピアの舞台を鑑賞すると、「うわ、なんて面白いんだ」と感動して、次は本を読んでみたくなるんですよね。蜷川さんが演出されたシェイクスピアなんてもう本当に至宝。初めて観たときは圧倒的なエネルギーと、人間が死に物狂いで生きているというところに感動しました。

    ©2025 FOCUS FEATURES LLC.

    —— どのシェイクスピアと最初に出会うか、というのも大事なんですね。

    河内 特にシェイクスピアは、一度期待が外れてしまうと戻ってくるのが難しい。でも実は、描かれている中身はすごくシンプルなんですよ。愛のために動いているのか、憎しみや復讐のために動いているのか。人間関係も親子だったり、兄弟の話だったり、恋人の話だったりと僕たちの身近で起こっていることをちょっと大きなドラマにしてあるだけで、実はそんなに難しくないんです。登場人物の名前や舞台となる地名に頭が働いちゃうとややこしくなるんですけど、書かれていることに忠実に、一生懸命全エネルギーを使って向き合えば、自ずと人間同士のぶつかり合い、許し合いが描かれているので、きっと誰もが魅了されるはずです。

    —— G.GARAGE///の舞台では最初に人間関係を説明されているそうですね。

    河内 やっぱりみなさん、人間関係で引っかかっちゃうからそこをクリアにしておくといいかなと。最初に解説を入れると前のめりで見てくれるんですよ。歌舞伎もそうですけど、なんとなく最初にあらすじを読むじゃないですか。そのうえで「この役者はどういう演技をするんだろう」、「演出はどんな感じなんだろう」という楽しみができる。シェイクスピアは400年以上、世界中で数えきれないほどの役者さんが演じてきていて、それだけの時間の蓄積の中で演じる側も切磋琢磨しているから、そういう想いが伝わる作品を観れるとより楽しめると思うんですよね。

    現代に響く、シェイクスピアの言葉

    —— シェイクスピアの書いた作品が400年以上、しかも世界中でこれだけ愛され続けているのはなぜだと思いますか?

    河内 それはもう簡単です。とにかく人間を描いているから。

    本当に変わってないじゃないですか、人間って。今の時代なんて特に、こんな悲惨な時代になるなんて思ってもみなかったですよね。未来はもっともっと良くなっていくと思ったら、世界はどんどん違う方向に進んでいっていて。シェイクスピアが400年前に書いていたことが、そのまま現代に当てはまってしまうという。

    この間、イアン・マッケランというイギリスの名優がニュース番組でいきなりシェイクスピアの長台詞をカメラに向かって喋り出す映像を見つけて、それがめちゃくちゃかっこよかったです。戦争についてや人と人が憎み合うことへの批判的なメッセージが込められたシェイクスピアの台詞が、見事に今の時代に当てはまってしまうというか、いつまでたっても人間ってこうなんだなという。その根底にあるものをシェイクスピアはどの作品でも描いているから、どれだけ時間が経っても掘り起こされ続けるんだろうなと思います。

    ©2025 FOCUS FEATURES LLC.

    —— 映画では妻・アグネスの視点からシェイクスピアが描かれています。これまで作品を通じて感じてきた河内さんの中のシェイクスピア像と比べて、違いはありましたか?

    河内 やっぱり謎な人ですよね。なんであんなことが書けるんだろう。悲劇だけでなく、喜劇もたくさん書いているので、きっとエネルギッシュで楽しい人なんだろうなというイメージはあったんですけど。本作で描かれていた、家族のなかでの彼の姿は僕の中では全く新しいシェイクスピア像でしたね。

    ハムネットという名前の息子の死後に「ハムレット」が書かれたことは知っていたけれど、喪失や愛のぶつかり合い、痛みがあるからこそ、あんなに美しい言葉が生まれてきたんだなということを改めて実感しました。観ているときは胸を打つというより、むしろ引き裂かれるような思いでしたけどね。こんな思いで言葉を産んできたのかと思うと、自分がやってきたことがまだまだ全然足りないなという気持ちにもさせられる。もっともっと人間の根本的な何かに立ち戻って演じないと、言葉に負けてしまうなというのを、より強く感じました。

    演劇が持つ力と、演じるうえでの覚悟

    —— 河内さんは2010年に「ハムレット」でハムレット役を演じられていますが、この映画を観てから作品の感じ方は変わりましたか?

    河内 劇中でシェイクスピアがハムレット役の役者に稽古をつける場面で、ハムレットはとんでもない苦しみの中でオフィーリアに別れを告げているということを改めて感じることができました。子供を失ったことで自分を責めて、あの言葉が生まれたとすると、どういう語気であの言葉を言っているのかということをまざまざと描いていて、すごくリアルでしたね。

    ハムレットは親を失った人間で、シェイクスピアは子を失った人間、その喪失から全てが始まっているんだなということを感じました。ただの復讐劇ではなく、改めて愛の物語なんだなと。この作品を書き上げた理由はもう誰にも分からないけれど、きっと妻のため、息子のために書いたのかもしれないし、自分の心を癒すために書いたのかもしれない。個人的なところから発せられたからこそ、あれだけの広がりを持つ作品になったんでしょうね。ハムネットを失わなかったら、「ハムレット」は絶対書かなかったと思う。そう考えると、より一層この作品と向き合うには大きな覚悟がいると同時に、改めてもう1回やりたいなと強く思いました。

    ©2025 FOCUS FEATURES LLC.

    —— 演劇という表現形式が持つ力を、ご自身の経験の中で実感した瞬間はありますか?

    河内 いつも感じているのは、僕よりも圧倒的にすごい経験や悲しい思いに耐えて生きている方たちが観に来てくださっているということ。そういう方たちが抱えている思い、傷、痛みというものをより深くリアルに感じて、嘘なく演劇のなかで昇華していかなければならないなと。じゃないと、嘘を見せられても感動も何もないじゃないですか。

    何年か前にお年を召したお客さまに、「最近何をやっていいかわからなくて元気がなかったけれど、シェイクスピアの舞台を観て明日を生きる力をもらいました」と言っていただいたことがあって。改めてすごい責任がある仕事だと感じたし、その言葉がとっても嬉しかったですね。

    —— 映画を観た後、次に舞台でシェイクスピアを観るとしたらどの作品がおすすめですか?

    河内 まずは、4大悲劇と呼ばれる「ハムレット」、「マクベス」、「リア王」、「オセロー」でしょうか。「リア王」は特に今年、いろんなところで上演されていますしね。

    この映画を観た後にはやっぱり「ハムレット」を舞台で観ていただきたいですね。「ハムレット」という作品を知っていると、映画ラストの上演に向けての奇跡的な立ち上がり方に、もうえも言われない思いが溢れてくるんですよ。僕は映画を観ながらいてもたってもいられなかったです。身体中の細胞がぶわーっと開いて、ラストの暗闇に永遠を感じたというか、生も死も愛も憎しみも全てがひゅーっと入っていくような感覚。映画を観てから「ハムレット」の舞台を観て、またさらに映画を観る。そういうサイクルができると、またいろんな発見があるかもしれないし、そしたら戯曲も読みたくなるだろうなと思います。

    information

    映画『ハムネット』

    監督:クロエ・ジャオ 脚本:クロエ・ジャオ、マギー・オファーレル 製作:スティーヴン・スピルバーグ、サム・メンデス 出演:ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィン 2025年/イギリス/126分/英語 2026年4月10日(金)公開 配給:パルコ ユニバーサル映画 ©2025 FOCUS FEATURES LLC.

    映画『ハムネット』公式サイト

    Profile

    河内大和

    こうち・やまと 1978年12月3日生まれ、山口県出身。新潟大学在学中に演劇活動を始め、2000年に舞台『リチャード三世』で俳優デビュー。2013年に「G.GARAGE///(ジーガレージシェイクスピア道カンパニー)」を設立し、企画・演出も手がける。これまでに通算80作を超えるシェイクスピア作品に出演し、2024年、2025年には国際シェイクスピアフェスティバルに正式招聘され世界からも高い評価を得る。2023年のドラマ『VIVANT』(TBS)で映像作品に初出演。映画『8番出口』(2025)では第49回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。6月公開の映画『黒牢城』に出演。

    写真・鳥羽田幹太 インタビュー、文・市谷未希子

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