
万城目 学『あの子とO』
数々の名作を生み出している、直木賞作家の万城目学さん。2022年に刊行した『あの子とQ』は吸血鬼青春小説として多くの人の心を掴みました。その続編がついに!刊行。3年の時を越えてふたたび彼らに事件が勃発! 新しい物語が生まれた裏側についてじっくりお話をうかがいました。
吸血鬼の女子高生・弓子の青春と冒険を描いた『あの子とQ』から3年。待望の続編『あの子とO』がお目見えした。万城目学さんはいう。
「世の中に吸血鬼の物語は数多ありますが、いざ自分が書いてみたら、思いのほか広がりがありまして。まだ書けるというか、これで終わりにしちゃうのはもったいないな、と」
『あの子とO』というタイトルは、ゲームクリエイターの小島秀夫さんの言葉がきっかけだったそう。
「前作を出したときに小島さんと対談をしまして、『次は、あの子とOがええんちゃう?』とおっしゃって。たしかにOはイケそうやなと。でも小島さんは、その自分の発言をまったく覚えていなかった。ただの軽口やったんです(笑)」
前作とのつながりから展開する3編を収める。弓子と親友のヨッちゃん、新聞部のスサミンがゲーム大会で奮闘する「あの子と休日」は、愉快で爽快! ヨッちゃんのおとぼけ&猛進ぶりも健在で、思わずにんまりしてしまう。
「ヨッちゃんは、いらんことばっかりして、基本言葉が通じない人。吸血鬼よりよっぽど人外な存在だけど、書いていて楽しいです。もともとコメディ色の強いヴァンパイアものにしたかったので、ゆるい部分をヨッちゃんが担ってくれています」
日本吸血鬼の誕生秘話は綿密な取材をもとに。
巧みな構成で読者の興味はさらにアップ!
打って変わって、江戸期の長崎・出島を舞台に、弓子たちの先祖である佐久の過去を描いた「カウンセリング・ウィズ・ヴァンパイア」は、濃密な読み応え。寛文3年に長崎で大火が起こった史実から着想したという万城目さん。長崎大学で出島を研究する教授に当時の話を聞き、現地を視察してストーリーを作り込んだ。「若い佐久の目線で歴史小説っぽく書くとありがちかなと思い、語りの設定を現代のカウンセリングという体に。ちょっとした工夫ですね」。この装置がハマり、日本人吸血鬼がいかにして生まれたか、そして死なないヴァンパイアの悲哀や虚無が、現実味を帯びて迫ってくる。
そして、「O」の秘密とは…。
吸血鬼物語は、さらに進んでいくのか!?
表題作「あの子とO」は、双子の小学生ヴァンパイア・ルキアとラキアの目線で進む。ふたりは、両親が営むピッツェリアに助っ人としてやってきたオーエンとキャンプに行き、思わぬ事件と遭遇する。Oとは一体何か、そして万城目さんがいう「非日常の吸血鬼が溶け込んだ人間社会に、またOという非日常が入り込んでくる“入れ子構造”」にも注目すると、一層味わい深く読めるはず。
日常の延長線に、しれっと“不思議”が紛れている万城目さんの世界。読み進めるうちに、自分がいるリアルとの境があやふやになっていく感覚も心地いい。
「たとえば、大物の海外タレントみたいな吸血鬼が、バーンと上陸する話にもできると思いますけど、あまりそういう感じにはしたくないんですよ。無名な感じというか、隣にいそうな雰囲気で書いちゃいますね。これは自分のクセみたいなものかもしれません」
弓子と監視役「Q」のその後や、前作の終章で佐久が口にした言葉など、気になる謎はまだ残っている。ということは、まだ続きが……?
「次でいろいろ片が付きそうですね。QとOに続くタイトルは、もう決めています。これから変わる可能性は大いにありますけどね」
万城目 学さん
Profile

まきめ・まなぶ 『鴨川ホルモー』でデビュー。『鹿男あをによし』『偉大なる、しゅららぼん』など、ユーモアあふれる奇想天外な物語で人気を博す。昨年『八月の御所グラウンド』で直木賞を受賞。
万城目 学『あの子とO』
Information
友情や恋愛、ミステリーが絡み合う青春ヴァンパイア小説。バスの転落事故後、平穏を取り戻した弓子たちのアナザーストーリーを収録する。物語の世界観にフィットするポップな表紙を手がけたのは、イラストレーターの水沢石鹸さん。2作一気読みもぜひ! 新潮社 1815円
anan 2451号(2025年6月18日発売)より