お笑いカルテット「ぼる塾」の酒寄希望さんが、本屋さんで気になった本を紹介していく月1連載の第2回をお届けします!


Profile

酒寄希望

さかより・のぞみ 1988年4月16日生まれ。お笑いカルテット「ぼる塾」のメンバーで1児の母。ぼる塾のブレーンとしてネタを書いて舞台に立ちながら、子育てエッセイや作品レビューなど執筆業でも活躍中。著書に『酒寄さんのぼる塾日記』(ヨシモトブックス)など。noteにも投稿中。最近は香港映画にハマり、現在190本以上鑑賞。

note

本屋さんを歩くとき、平積みされた本を眺めるのも楽しいですが、本棚に収められた本をひとつひとつチェックしていくのも、非常にワクワクします。表紙がわからない分、背の部分に書かれたタイトルがダイレクトに伝わってくるからです。

(お、ステキな名前。この本も良い名前)

その日もそんな風にチェックしながら本棚を覗いていると、ビビビっと心に走ったタイトルがありました。

〈『カレーライス!!大盛り』〉

『アンソロジー カレーライス!!大盛り』 編・杉田淳子(筑摩書房)

わたしはカレーライスが大好きです。本棚からその本を取り出すと、表紙には美味しそうなカレーライスの写真。カレーがごはんの真ん中にドーンとかけられています。カレーライスの周りには、付け合わせとお冷。敷かれたテーブルクロスの柄までいい感じです。

(『カレーライス大盛り!!』じゃなくて、『カレーライス!!大盛り』なのも良い。カレーライスの時点で『!!』ってつけたくなるほどテンション上がるもの!)

すぐに購入を決めました。だって、中身は絶対にカレーライス。それに、この本に一目ぼれしてしまったのです。一緒に来ていた母が、「何か買うの?」と言ってきたので本を見せると、

「本当にカレー好きね! 今カレー食べて来たのにまたカレー!」

そう言って、母は笑いました。

この本は、作家・著名人が綴った至高のカレーエッセイがボリュームたっぷり44篇も収録されています。流石、大盛り! グルメエッセイの大御所がずらりと名前を並べています。

「すごい! 阿川佐和子、池波正太郎、角田光代、北杜夫、久住昌之、平松洋子…中島らものエッセイも入っている! みんなだいすき!」

そんな豪華な44人のカレーライスにまつわるお話は、カレーライス好きを夢中にさせます。作者の数だけカレーが登場! いえいえ、もっとすごい! みんな好きなカレーがいくつもあるから、ひとりで色んなカレーを紹介するのです。それは家のカレーだったり、お店のカレーだったり、海外で出会ったカレーだったりと、カレー愛がほとばしっています。

「ふふふ…北杜夫ってちょっと面倒くさいカレー好きだな…でも、それだけカレーを好きにな気持ちわかる」

宇野千代のお花畑みたいなライス・カレーは真似をしてみたくなるし、古山高麗雄のかつて自分の片思いした女性の今の夫と食べる大雨の中のカレーは心に大きなものを残します。東海林さだおの大阪自由軒のカレーは、「はるちゃんとこの前食べた!」と、嬉しくなりました。

中でも、内館牧子の「カレーライス」。五歳のときに初めてプロレスを見て感動した著者のカレーライスにまつわる思い出話は、「なんて素敵なカレーライス!」と、胸がときめきました。若いプロレスラー二人が夜の庭にしゃがんでカレーライスを食べている姿を目撃するのですが、幼少期の著者を救ってくれたプロレスとの関係や、力道山への思い。成長した彼女がプロレスと疎遠になってしまった理由がそれまで丁寧に描かれていた分、読者にもこの出来事がいかに大切な体験であるのかがひしひしと伝わってくるのです。

このアンソロジーはカレーとセットのようになって、みんなのカレーの思い出が描かれています。舌の記憶がいつまでも残るように、カレーは誰が作ってくれたのか。どんなカレーだったのか。どんな風に食べたのか。そういうものも忘れないのです。わたしもこの本を読んでいくうちに、カレーの思い出が蘇りました。

結婚したばかりの頃、何でも自由にさせてくれる夫が、「カレーだけはディナーカレーにしてほしい。実家の味なんだ」と、真面目な顔で言いました。わたしはどんなカレーも大好きだし、普段わがままを言わない夫の願いを叶えてあげることにしました。スーパーに行って、

「わ! ディナーカレー置いてない! 別のルーにしちゃおうかな…いや! だめだ!」

スーパーを何軒もハシゴしたこともありました。何年も何年もディナーカレーを作り続けました。カレーといえばディナーカレー。そんなある日、夫が、

「ごめん! 実家のカレーはディナーカレーじゃなかった!」

そう言ってきたときはひっくり返りました。けれども、ディナーカレーがくれたとても大切な夫との思い出です。

『アンソロジー カレーライス!!大盛り』を読むと、どんどんお腹が空いてきてカレーライスを大盛りで食べたくなるのは勿論、人生の大切なひとときを思い出します。この本を購入する前に食べたカレーはライスではなくナンでしたが、母が初めて食べるチーズナンに大喜びしていたことや、大きなナンと具沢山のカレーをぺろりと食べて、

「わたしはまだまだあなたより食べられるわよ」

と、自慢げに話していたことも、いつか懐かしく思うときがきます。カレーライスはエモいという言葉よりも、ノスタルジーが似合う。この本を読んで、そんなことを思いました。

こちらにも、一目ぼれ!

『西班牙犬の家(夢見心地になることの好きな人々の為めの短篇)』 著・佐藤春夫 (田畑書店)

わたしがこの短編と出会ったのは、新宿にある紀伊國屋書店でした。短編集ではありません。短編です。いろんな作家の作品が短編集ではなく、短編で販売されているのです。

これは、田畑書店という出版社が刊行しているポケットアンソロジー。好きな短編を組み合わせて別売りのブックジャケットに綴じると自分だけのアンソロジーを作れるそうです。わたしは、「面白い!」と思い、沢山の短編を眺めました。その中で気になったこちらの短編を購入。タイトルにある()内の言葉をとても気に入ったからです。

20ページほどしかない文庫サイズの短編は手に持つと小さな生き物のようで可愛らしい。しかし、幻想的な物語はそのページ数からは想像できない程にわたしを物語の世界に引きずり込み、読み終わった後はまさに夢見心地になりました。

主人公が踏み入れてしまう、日常と非日常の曖昧な境界線。愛犬ラフテと散歩に出た〈私〉は、今まで気づかなかった雑木林を発見し、冒険心の強い一人と一匹はぐんぐん道を進んでいきます。そこへ突然現れた一軒の家! 家の中で出会った西班牙犬。全てが夢の世界のようです。

短編を少しずつ集めて、『西班牙犬の家』を最後の話にしたわたしだけのアンソロジーをいつか作ろうと思います。この短編は最後をかざってほしい短編です。

『恋恋往時』 著・温 又柔(集英社)

濃い緑色を背景に、美しいウサギと虎が背中をこちらに向けている。二匹の周りにはお花やキャラメル、宝石箱が散りばめられています。この本の表紙を見たとき、「なんてキレイなんだろう」と、思わずため息をつきました。

本のタイトルは『恋恋往時(れんれんおうじ)』。わたしの中で温かいときめきを感じました。わたしの傍にいてほしいと思い、手に取りました。この本は、台湾と日本を舞台にした4つの短編が収録されています。

この本をきちんと紹介したいのですが、どう表現してよいのかわかりません。このような文章があるのか。このような物語があるのか。ページをめくりながらとまどいと感動が湧き上がってきました。物語は国境と言語をまたいで展開していきます。台湾語と中国語と日本語が飛び交う文面。そして、その3つの言語を話せるそれぞれの主人公。本を読みながらわかっていく、家族の絆、恋模様、台湾と日本の関係。そして、二つの読み方のある名前。この本はとても穏やかで繊細にアイデンティティという言葉の意味を読者に伝えてくれます。人物描写が素晴らしく、登場人物達は本当に存在しているのではないかと錯覚してしまうほどです。ラストの『恋恋往時』には、とくに驚きました。著者の愛情がつまったしかけがほどこされていたのです。

この本は優しいけど切ないのではなく、切ないけれども、優しいです。

酒寄さんの一目ぼれ読書記録・連載バックナンバー

写真・中島慶子(本) 文・酒寄希望

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