端役の実力派俳優と元子役アイドル。二人の女性の光と影と、その先は。
「実はもともと、まったく別の長編を書いていたんです。それが進まなくなってしまった時に、担当編集の方に“気分転換に短編を書いてみませんか”と言っていただいて。今回の主人公のマル子さんのモデルとなった方がずっと頭の中にいたので、そのキャラクターで一回芸能界を書くのは面白いかも、と考えたんです。そうして書き始めたら筆がのってしまって、これは長編にできるかなと思いました」
モデルとなった方、というのは?
「何を言われてもそつなくこなす方がいて。これまでの経験や積み重ねてきた努力の結果なんだろうなと思っていました。私に見えない陰の部分で、その方がどういうことを考えたり、感じたり、行動していたりするのかに焦点を置いて書いてみたかったんです」
小劇団を渡り歩き、商業演劇では端役を演じる52歳の坂田まち子、通称マル子。人気劇団の新作公演でヒロイン役のアイドル・中野ももの代役を務めたことから、彼女は突然脚光を浴びていく。
中野ももは元国民的子役で、今はアイドルとして活動する若手だ。
「実力があって急に光を浴びたマル子さんと対比になる存在が必要だと思いました。昔光を浴びていて、今伸び悩んでいる人ですね。そうした意味合いを込めて、照明がついたり消えたりするイメージから、今回の小説のタイトルも考えました」
物語は、マル子やもも、その周囲の人々の視点を交えて進んでいく。人気の出たマル子が多忙を極めた先にある葛藤も見えてくる。
「実際、30代40代になってからブレイクした方に、環境が変わってすごく戸惑ったというお話をうかがったことがあるんです。環境も違うし、自分を見失うこともある。マル子さんも、急にスポットライトが当たったことに戸惑うんですよね。その状況に自分を納得させて、足を前に進めようとする様子を描きたいなと思いました」
最後にはマル子だけでなく、ももも、ある決断をしたことが分かる。懸命に自分の道を選ぶ人たちを、優しい光で包んでくれる物語だ。
PROFILE プロフィール
松井玲奈さん
まつい・れな 1991年生まれ。俳優、作家。2019年に短編集『カモフラージュ』で作家デビュー。その他の小説に連作短編集『累々』、エッセイに『ひみつのたべもの』『私だけの水槽』がある。今作が著者3作目の小説となる。
INFORMATION インフォメーション

『カット・イン/カット・アウト』
人気劇作家・野上の劇団の新作公演。ヒロイン役の元子役アイドル・中野ももは厳しい指導に精神的に追い込まれていた。端役のベテラン女優・坂田まち子は彼女を心配するが、ある日、稽古でももの代役を務めることとなり――。集英社 1870円
anan2442号(2025年4月9日発売)より